『昭和史の論点』 坂本多加雄 秦郁彦 半藤一利 保坂正康

文春新書 2000 通読 新書 新書 A 680+税 自 04/9/5

対談集であるが、割と編集の手が入って文章は刈り込まれている。凡庸な内容に終わるかと危惧されたが、そんなことはない、これはかなりキテる。対談を重ねるにつれて、四人の舌も乗ってくる様がわかる。中盤以降爆笑ポイント満載である。

専門家を集めた対談だけあって、歴史の理解に関してかなりのコンセンサスが得られている。「諸君」連載ということを割り引いても、出席者の見解にそれほどの距離はない。だから、論争が主体ではなく、大まかな流れを確認し、細かいところをおのおの突いていき、なにがしかの読者にとって新しい情報を提供するような形になっている。脚注の丁寧さも相まって、大変有益であり、昭和史の復習には是非お勧めしたい。新史料による新事実なども入っていて、自慢になる。例えば、ノモンハン事件は、公開された旧ソ連史料によると必ずしも負けたとは言い難いなどというのはびっくりした。小さな事とはいえ、これまでの歴史理解が180度転回してしまうのだから驚く。ソ連軍は日本軍より多い損害を出しているという。同じくチョウコホウ事件でも、日本軍は奮戦している。

最初の最初、坂本多加雄の見解がまずうならせる。「しかし、そういうシステム(引用者注:国際連盟をはじめとするラウンド・テーブル式システム)は相異なる各国の利害を同時に調整しなければならないので、結局は無理だったのではないか。しっかりした二国間同盟というものの意義を見失うべきではなかったのではないか。第一次大戦も二国間同盟そのものの問題というより、それが硬直化し、柔軟なバランス・オブ・パワーを生み出さなくなったことによると思われます」 歴史家の面目躍如の優れた提言ではないか。

秦郁彦が積極的に暴走しているのが大変楽しい。曰く、関東軍首脳は独立すればよかったのだ、石原は満州国の大将になればいい、それが大佐で参謀本部の作戦課長になって喜んでいるんだから(ダメだ)、2.26事件の時、辻正信なんか始末しておけば、後世のためによかった、など。挙げ句に日本は南ではなく西に進むべきだったのだ、インド洋の制海権は完全だったからインドを素通りして直接ペルシャ湾に行けばいい、だとか、ハル・ノートを受け入れていれば、そのうち米独戦争が始まって日本は一転強い外交が出来たのに、などと止まるところを知らない。さすがにハル・ノートの下りは他の論者にたしなめられている。半藤「だけど連合艦隊機動部隊はハワイに向けて出ちゃってますよ(笑)」秦「これは引き返してもらわなくては困りますね(笑)」この人は偉い歴史学者だけあって、想像力豊かである。

全体的な論調はもちろんリアリズムにのっかっている。植民地支配にしても、大なり小なり事実が先行して理念は後からついてくる、ということも認める一方、ワシントン体制に最初にひびを入れた日本はやはり分が悪い、というところは認めている。この四人を集めると、単純な大東亜戦争肯定にも否定にも行き着かないのはさすが。問題はそれをどれだけの人が分かってくれるかだが・・・恐らくまともな知性を持った人なら、この書の見解は概ね受け入れられるはずなのだが・・・何故かそうならない・・・右派は惰弱だと叫び、左派は侵略肯定だと叫び・・・確かにアジテーションには最も向かない内容ではある。満州事変に関して坂本はいう。「日本のやったことというのは、世界の歴史を振り返ればありふれたことじゃないかという見方もできるし、実際、欧米はもっと横暴なことをしてきたのですが、国際世論が微妙に変化して、侵略戦争はやめましょうというムードの時にやってしまったというのは、いかにも分が悪い気がします」 ・・・その通りでございます。

南京事件への切り込み方も実にリアリズムで、秦は「形式的にせよ軍律裁判を開けば問題はなかったはず」と言い、形式的な側面に光を当てる一方、日本兵の虐殺死体に激昂したという理由付けを、それは裁判時の情状酌量にあたる意味合いしかないと退ける。その辺のアジテーターとはさすがに見るところが違う。広島出身者として「終戦後、しばらくの間、広島市民に自分たちが特別な被害者であるという意識はなかったんです」と告白し、「外から入ってきた運動家」の不純な動機を憎む。

その一方、リアリズムの弱点として、新しい秩序に対する危惧をどうしてもこれら論者はもってしまう。「世界の人道主義化」の問題に、彼らはかなり懐疑的である。戦争は主権国家同士でルールに則ってやるのがいい、とどうしても考えている。彼らのいいたいこと、望んでいることは分かるし、共感もする、だけど、2001年以降--もちろん9・11を契機として--さらにその人道主義化の傾向は強まっていると言わざるを得ないだろう。対テロ戦争の名目で、主権国家同士の戦争をやってしまったイラク戦争。世界は、もう主権国家の枠組みを墨守するだけではやっていけないところにさしかかりつつあるのではないか。2000年出版の本にそれを求めるのはいささか酷ではあるが、今後の展望としては欠かせないし、今最も迷走が甚だしい分野だ。

どう考えても、『昭和史の論点』などという堅苦しいタイトルで売る本じゃない。いい感じに論者がノリノリになっていく様を見るのは、なかなか愉快である。

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