『イスラム世界は何故没落したか』 バーナード・ルイス 臼杵陽監訳 今松泰・福田義昭訳

日本評論社 2003/7 英語版2001(911前) 通読 A5 ハードカバー A \2500+税 E図書館 06/3/8

冒頭から監訳者の改題で始まる。「バーナード・ルイス--ネオコンの中東政策を支える歴史学者」ですと。まぁたネオコンかい、と、私はこの区分が無意味で大嫌いだから思ったけど、まあそういうものとして読め、という注意は親切かな、と思いつつ読み進めた。が、全くそんな本ではない。

どうひいき目に見ても、イスラム諸国が今西欧諸国に及ばないのは、どうひいき目に見ても、西欧帝国主義の責任というよりはむしろ彼ら自身の責任の方が大きいことはまず間違いがない。常識で考えて、そうだ。韓国などは日本の支配から抜けてわずか50年であそこまでいったではないか。だが、それをいってしまうと、日本に限らずアメリカでも、反ブッシュ派から「ネオコン親派」の烙印を押されてしまうらしい。「これはまさに中東イスラム世界の文脈でアメリカの行動を正当化する教科書であり、かつ指南書であることが知れるからである」と臼杵はのたまうが、少なくとも本書の範囲において、そんなことは全くなく、学者の良心はきっちり守られている。良心を失っているのはむしろ監訳者の方である。なんて教条的で政治的な意識の持ち方なんだろう。政治にバーナード・ルイスが利用されていることは間違いないが、学者であるなら、そんなことを批判していないで内容を批判すべきであろう。まあ、前書きでそれをやるのはどうか、ていうのは残るけど、こんなところでルサンチマンを発揮されてもさ。日本人が異常反応を示すこと、原爆・(イラク)戦争・小ブッシュと。戦争が問題だっていうなら、スーダンのダルフールとか何とかしたらどうかね。ひどいっすよ?

長いこと地域を研究してきた者なら、その地域が好きなはずである。バーナード・ルイス氏もその例には漏れない。彼はイスラム世界が自ら進歩を止め、遅れをとっていく様をはっきりと描くが、中世における異教徒や奴隷に対する相対的な寛容さを高く評価している。がしかし、その寛容が西欧に対する軍事的優位に裏打ちされていることも指摘する。
「寛容を試されると、イスラムは原理及び実践に関して西洋の民主主義と比較すると不利である。・・・しかし、西洋以外のキリスト教社会や体制と比べれば有利である。イスラム史には、西洋のように他の宗教の信徒や信仰を持たない者の解放、受容、統合に比較できるようなことなど存在しないからである。しかし、同様に、スペインによるユダヤ教徒およびムスリムの追放、宗教裁判所、異端者の火刑、宗教戦争・・・などといったものに比較できるようなこともイスラム史に存在しない。イスラム政府はある限定内で、制約を設けながら、他の啓示一神教の慣行を奨励することはないけれども、容認はしてきた。多神教とでさえも・・・実際には寛容だったのである。(改行)近代に入ってイスラムの寛容はとにかく衰退してしまった。・・・キリスト教がイスラムに与えつつあるように思える脅威はもはや軍事的、政治的なレベルだけではなかった。ムスリム社会の構造そのものを揺さぶりはじめたのである。」
しっかりバランスのとれた歴史解釈だと思う。

イスラム社会は西欧に学ぼうとしなかった。イスラム社会が西欧社会に文化的・軍事的に完全に優越していた頃はそれでも良かった。だが、西欧人が航海技術や印刷技術を発達させ、軍事技術で革新を行っていた時、イスラム(具体的にはオスマントルコ)は自らの進歩を止めて殻に閉じこもってしまっていた。軍事技術を買うことはしたが、まずイスラム法ありきの政体や統治はなかなか変わることは出来なかった。長い間西洋にイスラムの大使はいなかった(非イスラム世界で正しくイスラム的に生活するのは不可能であるから!)し、西洋人が東洋諸言語を研究し、東洋学者を多数輩出したにもかかわらず、イスラム内部で西洋学者が現れるのは大分遅れたこと。

そして優位を失った挙げ句に、西欧発祥の「民族主義」がオスマン帝国を瓦解させ、西欧的経済発展にとってイスラムの因習・政教非分離が障害でしかなくなった時、スケープゴートとして西欧帝国主義やアメリカが持ち上げられ、イスラム政治家に利用されていく、というのが著者の世界観だと思う。(ここから私の感想)イランで、アフガンで、イスラムへの回帰で誰が幸せになったのか。西洋人だろうが日本人だろうが、アメリカ人であろうがなかろうが、イスラム政治家が、トルコ共和国を除いて、ろくな人材がいなかったというのは疑う余地がないのではないか?

「もし中東の諸民族が現在の道を歩み続ければ、自爆犯というものが地域全体の隠喩となるかもしれないし、憎悪と悪意、憤怒と自己憐憫、貧困と抑圧からなるらせん降下から逃れる術はなく、遅かれ早かれ、さらにもう一度、外国による支配に行き着くことになるだろう」
という終章の文句は確かに挑発的である。だが、ルイスはそうなるべきだとは全く主張しておらず、むしろそうなって欲しくないと願っていることは全体を見て明らかである。こういう感情を見逃すところにおいて、監訳者の識字能力は疑われるのである。

訳はあまりうまくない。時々意味不明なのは原著のせいもあるだろうが、「最近の犯罪であるコミッションや黙認」とかさっぱり意味がわからない。この文脈で「コミッション」とか書くのは逃げだろ。とはいっても、うまくないなりにわかりやすく頑張っているのは認める。

イスラム世界はなぜ没落したか?
バーナード・ルイス著 / 臼杵 陽監訳 / 今松 泰訳 / 福田 義昭訳
日本評論社 (2003.7)
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