『アメリカ外交』 村田晃嗣

講談社新書 2005 通読 新書 新書 A \740+税 自 05/6/21

ついに来た。お求めやすい価格で(専門書を漁れば多分前からあったろう)、「ネオコン」「ユダヤ」「キリスト教」抜きにブッシュ外交を、「帝国主義云々」抜きでアメリカ外交を語ってくれる良書が。全然食指ののびないタイトルだけ扇情的なアメリカ外交論が平積みにされている中で、本書の優れて学問的で説得的なアメリカ外交論は私を安心させてくれる。

著者は、アメリカ外交の類型を、人名になぞらえて、こう分ける。

1 ハミルトニアン
 ・海洋国家 対外関与に積極的 国力の限界に楽観的
2 ジェファソニアン
 ・大陸国家 選択的な対外関与 国力の限界に自覚的
3 ウィルソニアン
 ・普遍的な理念を外交目標として追求
4 ジャクソニアン
 ・国権の発動や国威の効用を重視 軍事力に傾斜

このように類型化した上で、「ネオコン」はジャクソニアンとウィルソニアンの複合であるという。

アメリカ外交史を、モンロー主義的な孤立主義と、帝国主義的な干渉主義との振り子運動とで理解するやり方は今までにもあったと思う。だが事はそんなに単純じゃないぞ、と実証主義に基づく学者先生たちはよく言うが、ああでもないこうでもないに拡散してしまって、結局なんなの、ということは少なくない。その点、本書は論点を明快に整理して見せた。上記4点のアメリカ外交の理念型があり、アメリカ外交は畢竟この複合であると。わかりやすいし、学問的水準も下がっていない。

イラク戦争への評価も、非常に学者的に冷静でとても安心できる。「『大義なき戦争』という批判で片づけるには複雑すぎる背景がある」、はいその通り。著者はアメリカの誤りを認めた上で、なおイラクの誤りや仏独の誤りにも言及する。つまり、イラクは譲歩や情報を小出しにすることによって、「大義なき戦争」を演出し、フセイン体制下のイラクを巡る国際環境を好転させようとした。「フセインは国際世論が分裂し、アメリカの国内世論が動揺して、ブッシュ政権が腰砕けになることを期待したであろう。そこで、小出しの譲歩を繰り返した。このフセインの一連の譲歩は、ブッシュ政権を納得させるには十分でなかったが、国際世界にブッシュ政権の対イラク武力行使への疑義を抱かせるには十分効果的だったのである」。さらに、著者が仏独を責める口調はかなり辛辣である。フセインが譲歩に応じたのは中東に大規模な米軍が展開したからであり、それには莫大な経費がかかるにもかかわらず、「査察延長を主張しながら、それに伴う米軍駐留経費の分担を申し出ることはなかった」と言う。いささかアメリカに点が甘いような気もするが、確かに仏独を「フリーライダー」として見る視点は一定の説得力を持つ。「フランスは拒否権カードをちらつかせることで、妥協の余地を狭めた。・・・仏独の反対は、反対のための反対の色彩が強く、控えめに言っても、稚拙な外交であった」 いろんな日本人が仏独を褒め称える中で、かなり勇気のいる発言ではあるが、これを正しいと私は認める。イラク戦争などというものは、なかったに越したことはなかった。だが起こってしまった。仏独は対米関係でダメージを負い、これは間違いなく外交の失敗と断言できる。

現代的な関心から、ついつい最近のアメリカ外交史の記述に偏ってしまいがちだが、実は本書で一番面白く、意外性があるのは第一次大戦以前のアメリカの論評である。ろくな常備兵力を持たなかった第二次大戦以前の姿は実に目新しい。第一次大戦開戦時、アメリカの陸軍力は9万人!!1894年にアメリカの工業生産力はイギリスを抜くが、そのころのアメリカ陸軍は2万4千人でブルガリア以下!!南北戦争以前、アメリカ人も外国人も、アメリカを"The United States are..."と複数形で呼んでいたという。そうしたいびつな状況を総括して著者はいう、「世界一の工業力を有するに至り、植民地を獲得し、海軍力も増強したとはいえ、このにわか大国は、国際システムの安定のためにヨーロッパ国際政治の激動の渦中に飛び込むには、いまだ安全な小国という自己イメージに拘束されていた。・・・急速に対当する国力と、経験を通じてしか習得できない大国としての責任や叡智とのギャップは、思春期の肉体と精神の成長のそれにも似ており、一種のアイデンティティ・クライシスであった(後述のように、日本外交にもこうしたアイデンティティ・クライシスがつきまとうし、中国外交にもそれは指摘できよう)。」じつに含蓄にとむ。

直接は関係ないが、福沢諭吉の引用もじつにいい。「外交のことを記し又これを論ずるに当りては自ら外務大臣たるの心得を以てするが故に一身の私に於ては世間の人気に投ず可き壮快の説なきに非ざれども紙に臨めば自ら筆の不自由を感じて自ら躊躇するものなり。苟も国家の利害を思ふものならんには此心得なかる可らず。此心得あるものにして始めてともに今の外交を論ず可きのみ」→「外交を論ずる時、自分一人の気持ちではなく、外務大臣になったつもりでいろいろな要素を考えなくてはならない。そうするとそれほどスカッとしたことは言えない」 ああ、実にいい。

もう一点関係ないけど心に響いた台詞、ダーウィニズムの流行に付言して著者が()の中で一言、「この『種の起源』に限らず、その議論が単純化して流布しながら、実際には読まれることのほとんどないのが、識字率の拡大した大衆時代の古典の宿命である」。

参考文献が丁寧に掲載されているのもすばらしい。絶対の自信を持って、昨今の国際情勢を理解するために読むべき本として推薦する価値がある。大学生は絶対に読むべき。アメリカ史を通読することが、近代史とどれだけ重なるか、ぞっとするほどに実感できる。「戦争は人が死ぬからよくないこと」と信仰していたい人は、いっさい読む価値がない本。

アメリカ外交
アメリカ外交
posted with 簡単リンクくん at 2005.12.15
村田 晃嗣著
講談社 (2005.2)
通常2-3日以内に発送します。

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