『マリア様がみてる』 今野緒雪

集英社コバルト文庫 1998 通読 文庫 ソフトカバー B+ \457 借 04/1/16

思ったよりずっとまともで、ネタにならんではないか。いや、面白いよ、その辺の直木賞だの芥川賞だのの小説よりか、よっぽど面白い。でもね、まともに、フツーに読めて、ネタとしては困ってしまうのである。まあ私は世間の「ソフト百合」評価に対し反抗し、オリジナリティを出すとしよう。

『マリア様が見てる』で、あまりにも有名な(?)一節、

「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
さわやかな朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。
マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。
汚れを知らない心身を包むのは、深い色の制服。
スカートのブリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。もちろん、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。

から想像されるような、いっちゃった話ではないのである。著者は奇妙に現実感覚が豊富で、前述引用文の続きに、「時代は移り変わり、元号が明治から三回も改まった平成の今日でさえ、18年通い続ければ温室育ちの純粋培養お嬢様が箱入りで出荷される、という仕組みが未だ残っている貴重な学園である」などと皮肉めいたことを書く。さらには、学園祭前日には、「天使たちのスカートの襞は乱れ放題、セーラーカラーもバサバサと至るところで翻っている」のであり、こうなるとリアリズムすら感じる始末である。

話は、ほぼ完全に主人公福沢裕巳の一人称語りで進行される。非常にシンプルで、よどみや混乱がなく、読みやすさというのはこの辺に起因している。気取りもてらいも全くないかというと、そういうわけでもなく、物語はシンデレラの演劇を巡って、さらに凡庸・平凡・平均の主人公のある種の「シンデレラストーリー」が展開するという技もある。ちなみに迎えに来るのは王子様ではなく祥子さまだったりするあたりが、まあ百合なのかなあ。ともかく、ちゃんと小説=romanしているのである。思えば、ツルゲーネフの『初恋』などは、コバルト文庫に入れてやっても大して遜色はないだろう。少年が年上のお姉様に引きずり回される話だからである。我々は、コバルト文庫というくくり、色眼鏡でこの小説を読むべきではなく、一介の小説として読むべきではなかろうか。その上で、「ソフト百合」とくくるのは構わないだろう。人それぞれ楽しみ方が違ってこその小説である。

しかし、この小説を「ソフト百合」として読むには、相当妄想を逞しゅうせねばならん。それっぽい描写もないではないが、基本路線は、「男の人と女の人のことって、できれば避けて通りたい。アイドルグループの誰それが好きとか、隣の学校のあの人がいいとか、そういう話はクラスでも盛り上がるけれど。実際につきあうとかの段になったら怖くなって断ったっていう話も結構よく聞く。想像の世界は綺麗だけれど、現実は生々しくて嫌。キスしたり、それ以上のことをしたり、そういうことを、あまり身近なものとして考えたくはないんだ」という独白に集約されている。女と女の関係でも然り、である。誰しも抱く、「憧れ」みたいなものが、多少現実のかたちを取る世界、でしかないのだ。私は人に憧れる、いわんや同姓に憧れたことなどないけれど、気持ちは理解できぬではない。つまり、友達、親友以上の深い関係を結ぶ絆としての姉妹(スール)システムである。血は水よりも濃い、最強の人間関係は血族関係である。そう、字のまんま、『マリア様がみてる』の世界観の根幹をなす姉妹システムは義兄弟の契りなのである。義兄弟と言ってしまうとソフト百合世界観は台無しであるが。三国志の「桃園の近い」を想起されるとよろしい。裏切りが当たり前の戦国の世に、関羽は忠烈を守って死んでいき、劉備はそれに応えて無謀とも思える弔い合戦を目論む。劉備・関羽・張飛の関係は実の子供、養子よりも深いものとして描かれる。スールまた然り。百合としてではなく、義兄弟として捉えると、リリアン学園の世界観はあらわになり、またリアルさが増す。

ストーリーに関して言えば、いささかクライマックスの展開が急であったところが惜しいところだろうか。もっと引っ張って、丹念に描写していけばもっと自然な流れが得られたように思える。まあそうでなくても240ページに及んでいるので、これは作者の力量と言うよりはメディア上の制約かもしれない。決して起承転結のどこかに余剰・無駄があるという感じはしないからだ。ただ、転の部分だけがなにか足りない感じなのである。急転直下、という感じで、唐突の感は免れ得ない。

今女子中高生に求められているのは、単なるおとぎ話ではないようである。どこか、現実とのつながりが、とっかかりが、必要なのかもしれない。この小説を読む女子のスカートは、多分ミニであるから。彼女らをして、「私立リリアン女学園」に没入せしめる小道具は、リアリズムであったりする。

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